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困難を予期するな決して起こらないかも知れぬことに心を悩ますな

困難を予期するな

決して起こらないかも知れぬことに

心を悩ますな

常に心に太陽を持て

ベンジャミン・フランクリン

 

若いころを思い出す。

 

ひょんなことから

不意に言われた一言に

 

心が折れてしまったり

落ち込んでしまうこと

経験ないですか?

 

 

私は若い頃、よくありました。

 

 

なんであんな言い方するんだろ

僕のせい?

そんなことない

やっぱり俺の気持ちなんて

少しもわかっていないんだ。

忙しかったんだろうけど

あんな言い方は。。ない!

 

自分では予想もしていなかった

怒りとか、憎い気持ち

自分の意思に反した感情。

孤独感が沸いてくる。

 

 

何がいけなかったんだろ

もしかして

あのことをまだ怒っているのかな・・

 

過去の自分の一言を

わざわざ探しだしてきたりして

後悔の想いに襲われたり

嫌われているだろうと、

自分のせいだと責めてしまったりする。

 

最悪。。

 

そのグルグルの疲弊感って

20年たった今でも

なにかの拍子に蘇ってきたりして

ええ!?まだ覚えていたのかと

驚いてしまう。

 

 

ひとは

わからないことに対峙したとき

ふたつの選択をする。

 

答えを自分の心の中を探し出すか

予期しない気持ちや感情から逃げるか。

 

探しだそうとすれば

自責してしまうだろう

 

逃げようとすれば

その時は忘れたように思えても

不意に蘇り不安が追いかけてくるだろう。

 

どちらにしても

「正解のない問い」に 疲弊することになる。

相手は少しも全く気にしていなかったとしても

 

多感で熱かった若いころは

こんな事がよくあった。

 

本気で心の傷を消せる「消しゴム」が

あったらいいのにと思って

涙したこともあった(恥ずかしいw)

 

心は不自由だ

 

それを知っているからこそ

「伝え方」にはとても注意してしまう。

 

命術という占いは

良いこと(富貴発達)悪いこと(災厄傷破)

はっきり出て来たりする。

 

でも未来にそれが

起こるかどうかなんて

断定できるわけがない。

 

冒頭の

(ベンジャミン・フランクリンの)

ことばに出会ったとき

「心に太陽をもつ」 ってどういうこと?

当時は、ポジティブであれと理解して

そんなに簡単じゃないよなって思った。

 

いま占い師になってみて

四柱推命を学んでみると

また別の理解にかわった。

 

太陽は「丙ひのえ」と象意される。

 

丙(日輪)は、何よりも

「高い」「眩しい」「熱い」

 

それは

高い志 明るい気 熱い情熱 を持て!

 

自分をみて(探して)思い悩むのではなく

没頭でき夢中になれる何かを持て!

 

と言っているように感じられる。

 

「困難を予期するな」

占い師になってみると

占いは「予言」じゃないことがわかる。

占いには「吉凶の兆候」が顕れることも知る。

 

どんな困難兆候も

それを「わからないもの」にしたら

不安や孤独感と対峙させてしまうことになる。

 

どんな困難兆候も

消すことはできないが占術には

「弱めたり」「扶助する」方法はある。

自分も実証済だし そういう例をいくつも見てきた。

 

事実、もう若い頃のようには決してならない。

 

もし「わからないこと」や「困難」に対峙して

不安や孤独の中に迷い込んでしまって

自分の力ではどうすることもできずにいたら

方法はあります! ご連絡ください。

 

秋葉原ほしよみ堂 リオでした。

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