「恥を知れ」——恥をかいて、人は成長する
私の中学・高校の校訓は、「恥を知れ」でした。
この言葉は、校章の裏側に書かれていました。
校章の表ではなく、裏側。
人に見せるためではなく、自分自身への戒めとして書かれていたのだと思います。
学生の頃の私は、この言葉を「恥をかかないように気をつけて生きなさい」という意味にも受け取っていました。
人から笑われないように。 失敗して、恥ずかしい思いをしないように。
そんなふうに考えていたのかもしれません。
でも、今は少し違います。
恥は、たくさんかいてもいい。
知らないことを知らないと言う。 失敗したら、素直に認める。 間違えたら、やり直す。
そのときは恥ずかしいかもしれません。
けれど、知らないことを知ったふりをしたり、自分の間違いを認めなかったりしたら、そこから先に進めなくなってしまいます。
恥をかくことを恐れていたら、新しいことに挑戦するのも難しくなるでしょう。
失敗したからこそ、気づくことがある。 間違えたからこそ、学べることがある。
そう考えると、恥をかくことは、成長するためのきっかけにもなるのだと思います。
ただし、何をしてもいいということではありません。
誰かを傷つけたなら、そのことに気づき、必要なら謝る。 自分の至らなさに気づいたなら、次はどうすればいいかを考える。
大切なのは、恥をかかないことではなく、自分の行動を振り返り、そこから学ぶことなのではないでしょうか。
人にどう見られるかばかりを気にするのではなく、自分自身に問いかける。
「あのときの自分の行動は、どうだっただろう」 「相手の立場から考えたら、どう見えるだろう」 「次は、どうしたらいいだろう」
そんな問いかけができること。
今の私は、「恥を知れ」という言葉を、そんなふうに受け止めています。
私は占い師として、タロットや四柱推命、紫微斗数を使って鑑定をしています。
鑑定では、お客様の悩みを聞き、カードや命式から見えてくるものを読み解いていきます。
けれど、占い師だからといって、何もかも分かっているわけではありません。
学ぶことは、まだまだあります。
自分の読み方を振り返ることも必要ですし、もっと適切な言葉で伝えられたのではないか、と考えることもあります。
分からないことがあれば学ぶ。 気づいたことがあれば、次に生かす。
知ったふりをするより、知らない自分を認めるほうが、ずっと大切だと思っています。
恥をかかない占い師を目指すのではなく、恥をかいても学び続けられる占い師でいたい。
それは、占い師としてだけではなく、一人の人間としても同じです。
人は、いつになっても成長の途中なのかもしれません。
若い頃には分からなかったことが、年齢を重ねてから分かることもある。
昔はこうだと思っていたことが、今では違って見えることもある。
それは、これまでの自分が間違っていたということだけではなく、経験を重ねたからこそ、見えるものが増えたということでもあるのでしょう。
校章の裏側に書かれていた「恥を知れ」。
学生時代には、恥をかかないための言葉として受け取っていた私も、今は違う意味を感じています。
恥をかくことを恐れず、間違いに気づいたら認める。
そして、そこから学んでいく。
誰かにどう見られるかよりも、自分自身にどう向き合うか。
これからも、ときには恥をかきながら(笑)、学ぶことをやめずにいたいと思います。
🦉プトレマイオス靖子

