それは恋? それとも、執念?
好きな人を、長い間待っている。
いつか振り向いてくれるかもしれない。
いつか気持ちが通じるかもしれない。
そう信じて、今日も待つ。
恋をしているとき、人は驚くほど長い時間を待てるものです。
相手からの連絡を待つ。
会える日を待つ。
いつか関係が変わることを待つ。
その時間も、本人にとっては大切な恋の一部なのかもしれません。
でも、ふと思うことがあります。
【その人が好きだから、待っているのでしょうか】
それとも、
【これだけ待ったのだから、今さら諦められないのでしょうか】
最初は、ただ好きだった。
相手の笑顔を見るとうれしい。
少し話せただけで幸せ。
いつか一緒に過ごせたらいいな。
そんな気持ちだったはずなのに。
待つ時間が長くなるにつれて、気持ちが少しずつ変わっていくことがあります。
ここまで待ったのだから。
こんなに好きなのだから。
これだけ思い続けてきたのだから。
いつの間にか、相手を好きな気持ちよりも、今まで費やしてきた時間や、自分の思いを手放せない気持ちのほうが大きくなっている。
相手が今、何を考えているのか。
自分と一緒にいたいと思っているのか。
それよりも、「いつかきっと」という未来にしがみついてしまう。
それは、恋が執念に変わり始めているサインなのかもしれません。
もちろん、長く待つ恋が、すべて執念になるわけではありません。
お互いの事情があって、今は一緒にいられないこともあるでしょう。
時間をかけて育っていく関係もあります。
大切なのは、待っている時間の長さではないのだと思います。
その恋が、今の自分を幸せにしているかどうか。
相手を思うことで、日々が少し明るくなるのか。
それとも、相手の言葉や態度に一喜一憂して、自分の時間まで止まってしまっているのか。
自分の気持ちを、少しだけ離れたところから見てみる。
それは、相手を諦めるためではありません。
自分自身を置き去りにしないためです。
占いの鑑定でも、恋愛のご相談を受けることがあります。
相手の気持ちが知りたい。
この先、二人はどうなるのか。
そのお気持ちは、とてもよく分かります。
好きだからこそ、答えが欲しい。
先が見えないからこそ、希望を持ちたい。
でも、相手の気持ちを知ることと同じくらい、自分の気持ちを知ることも大切です。
私は、本当はどうなりたいのだろう。
この人と一緒にいたいのか。
それとも、ここまで好きになった自分の気持ちを、無駄にしたくないのか。
すぐに答えが出なくてもいいのです。
ただ、一度立ち止まって、自分の心に聞いてみてほしい。
恋は、相手を思う気持ち。
でも、執念は、ときに自分自身を縛ってしまうもの。
その境目は、案外分かりにくいのかもしれません。
長く待ったからといって、その恋が間違いだったわけではありません。
その人を好きになったことも、待ち続けた時間も、あなたが真剣に誰かを思った証です。
だからこそ、その思いを大切にしながら、自分の人生も大切にしてほしい。
待つことを選んでもいい。
もう待たないと決めてもいい。
どちらを選ぶにしても、誰かの答えだけに自分の幸せを預けなくていいのです。
さて。
あなたが今、待っているのは、
好きな人の気持ちでしょうか。
それとも、いつか報われるはずの、自分の思いでしょうか。
🦉プトレマイオス靖子

