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同じ苦しみを繰り返す理由 ――『ちいかわ 人魚の島のひみつ』から考えるカルマ

同じ苦しみを繰り返す理由

――『ちいかわ 人魚の島のひみつ』から考えるカルマ

※この記事には『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』の結末に関するネタバレが含まれます。

「なぜ私は、いつも同じような恋愛をしてしまうのだろう」

「転職しても、また似たような人間関係で悩んでしまう」

「もう繰り返したくないのに、気づけば同じことで傷ついている」

そんな経験はないでしょうか。

相手も違う。
職場も違う。
状況も違う。

それなのに、なぜか似たようなところで苦しくなる。

そんなときは、

どんな相手を選びやすいのか。
どんな場面で我慢しやすいのか。
何をきっかけに関係がこじれやすいのか。

そこを見ていくと、自分でも気づいていなかった人生の傾向が見えてくることがあります。

紫微斗数の命盤やタロットは、未来を当てるだけではありません。

「なぜ私は、いつもここでつまずくのか」

を整理し、これまでとは違う選択をするためにも使うことができます。

そのことを考えさせられる物語が、『映画ちいかわ 人魚の島のひみつ』です。

カルマとは「罰」ではなく、行為が生む流れ

カルマというと、

「悪いことをしたら、いつか罰が返ってくる」

という意味を思い浮かべるかもしれません。

けれど、カルマとは本来「行為」を意味する言葉です。

何かをすれば結果が生まれ、その結果がまた次の行動につながっていく。

『人魚の島のひみつ』には、その流れが鮮やかに描かれています。

悲劇は、悪意から始まったわけではない

物語では、セイレーンと人魚たちが遊んでいるところへ、ヒトハとフタバの船が巻き込まれ、フタバが瀕死になります。

始まりは事故でした。

大切なフタバを失いたくないヒトハは、人魚の肉を食べれば永遠の命を得られることを知り、人魚を殺してフタバに食べさせます。

フタバは助かりました。

ヒトハには、

「大切な人を救いたい」

という理由があります。

その気持ちは理解できます。

けれど、

動機が理解できることと、行為の結果が消えることは別です。

フタバが助かった一方で、人魚は命を失いました。

そして、仲間を失ったセイレーンには悲しみと怒りが残ります。

傷つけられた者が、次に傷つける者になる

セイレーンは犯人を探しますが、その怒りはやがて島民たちにも向かいます。

人魚が殺された。

だからセイレーンが怒る。

セイレーンが島民を襲う。

だから島民はセイレーンを恐れ、討伐しようとする。

こうして、

一つの痛みが、次の痛みを生んでいきます。

セイレーンは、最初は傷つけられた側でした。

怒ることも、悲しむことも当然です。

けれど、

「私は傷つけられた」という事実は、別の誰かを傷つけてよい理由にはなりません。

傷つけられたあとに何をするかによって、そこから先の流れは変わります。

私たちも、過去から受け取ったものを繰り返すことがある

これは『ちいかわ』の世界だけの話ではありません。

昔の恋人に裏切られたため、新しい恋人まで疑ってしまう。

親から否定されて育ったため、人から認められないことを必要以上に怖がる。

人間関係で傷ついたため、傷つく前に自分から距離を取る。

人生には、自分が望んだわけではないのに受け取ってしまうものがあります。

それ自体を自分の責任だと思う必要はありません。

けれど、大切なのは、

「そのあと、自分は何を選ぶのか」

です。

たとえば、

「尽くさなければ愛されない」

「本音を言えば嫌われる」

「私が我慢すればうまくいく」

そんな前提を心の奥に持っていると、無意識のうちに似たような相手を選び、似たような関係をつくってしまうことがあります。

だから必要なのは、自分を責めることではありません。

自分がどこで同じ選択をしているのかに気づくことです。

紫微斗数とタロットで、「繰り返す理由」を整理する

ほしよみ堂浅草店では、紫微斗数の命盤から、その人が持っている性質や人間関係の傾向を見ていきます。

たとえば、

どんな相手を選びやすいのか。

どんな場面で自分を後回しにしやすいのか。

何を言われると我慢してしまうのか。

どんなことがきっかけで関係がこじれやすいのか。

どんな相手や環境なら、自分らしくいられるのか。

こうしたことを整理することで、

「私は人を見る目がない」

という漠然とした悩みが、

「私はこういう相手に惹かれやすく、ここで我慢しすぎるのだ」

という具体的な理解へ変わっていきます。

さらにタロットでは、

今、何が判断を止めているのか。

本当は何を怖がっているのか。

これから何を変えると、状況が動きやすいのか。

現在の心の状態を見ていきます。

占いは、

「あなたの未来はこうなります」

と決めるためだけのものではありません。

自分の癖を知り、次の選択を変えるための道具

として使うこともできるのです。

カルマを変えるとは、同じものを次へ渡さないこと

過去は変えられません。

傷ついたことを、なかったことにもできません。

けれど、その痛みを同じ形のまま未来へ渡さないことはできます。

裏切られたからといって、次の人まで疑わなくていい。

否定されたからといって、誰かを否定しなくていい。

我慢してきたからといって、これからも我慢し続けなくていい。

もしかすると、

カルマを解消するとは、自分のところまで流れてきた苦しみを、そのまま次へ流さないこと

なのかもしれません。

過去に何があったとしても、

次の一手まで、過去に決めさせなくていい。

そこには、まだ私たちの選択があります。

こんな悩みを抱えている方へ

ほしよみ堂浅草店では、こんなご相談をお受けしています。

恋愛で、いつも同じような相手を選んでしまう。

相手に合わせすぎて、最後には自分が疲れてしまう。

職場を変えても、似たような人間関係で悩んでしまう。

自分を大切にしてくれない人に惹かれてしまう。

我慢しすぎて、本音を言えない。

「なぜ私はいつもこうなるのだろう」と、自分の癖を知りたい。

鑑定では、

相手選びの癖

我慢しやすい場面

関係がこじれるきっかけ

本当に心地よく付き合える相手や環境

これから変えていくとよい選択

を一緒に整理していきます。

「未来を当ててもらいたい」だけではなく、

自分の人生を、自分で選び直したい。

そんなときにも、占いは使うことができます。

『人魚の島のひみつ』が描いていたように、私たちは過去からさまざまなものを受け取って生きています。

けれど、それをどんな形で未来へ渡すのかは、自分で選ぶことができます。

「私は、この痛みを、次に何へ変えて渡すのだろう」

その問いが、流れを変える最初の一歩になります。

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