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理由はないのに、毎日つらい。 ――マジシャン正位置が教える「不安をテーブルの上に並べる」ということ

「毎日、とてもつらいんです」

そんなご相談がありました。

何か大きな不幸があったわけではありません。

仕事を失ったわけでもない。

職場でひどいいじめに遭っているわけでもない。

生活が破綻しているわけでもない。

仕事も、なんとか続けている。

傍から見れば、

「特に大きな問題はないように見える」

人生なのかもしれません。

けれど、ご本人の中では、

不安が日に日に大きくなっていく。

朝起きると、すでに重たい。

何か悪いことが起こりそうな気がする。

将来のことを考えると怖くなる。

でも、

「では、何がそんなに不安なのですか?」

と聞かれると、うまく答えられない。

ただ、

苦しい。

そんな状態でした。

そこで、

「このつらさは、どこから来ているのでしょう」

とタロットを引いてみました。

出たのは、

マジシャン・正位置。

一見すると、少し意外なカードです。

マジシャンは、

才能。

創造。

行動。

始まり。

自分の力で現実を動かしていくこと。

そんな、とても力強いカードだからです。

けれど今回、このカードを眺めていて、

私は別のことを感じました。

「まず、不安の正体をテーブルの上に並べてみてください」

というメッセージなのではないか、と。

「なんとなく不安」が、一番苦しい

マジシャンの前には、一つのテーブルがあります。

その上には、

ワンド。

カップ。

ソード。

ペンタクル。

タロットを構成する四つの道具が、すべて並んでいます。

今回のご相談なら、

このテーブルの上に並べるものは、

自分を苦しめている「不安の材料」

なのかもしれません。

仕事のこと。

お金のこと。

人間関係。

健康。

老いること。

親のこと。

将来のこと。

一人になること。

自分には何もないのではないかという怖さ。

誰にも必要とされなくなるのではないかという怖さ。

私たちは、

「なんとなく不安」

と言っているとき、

実はたくさんの恐れを一つの袋に詰め込んでいることがあります。

そして、その袋を開けないまま抱えている。

だから、

ものすごく重い。

何が入っているのか分からないものほど、人は怖く感じます。

だったら一度、

袋を開けてみる。

そして、

一つずつ、テーブルの上へ出してみる。

それが、今回のマジシャンなのではないでしょうか。

「私は不安だ」から、「私の中に不安がある」へ

たとえば、

「将来が不安です」

と思っていたとします。

もう少し見つめてみる。

将来の何が怖いのでしょう。

仕事を失うこと?

お金がなくなること?

病気になること?

一人になること?

それとも、

「このまま何も成し遂げないまま人生が終わること」でしょうか。

さらに聞いてみます。

もし仕事を失ったら、何が怖いのでしょう。

生活できなくなること?

周囲から「駄目な人」と思われること?

自分の価値がなくなったように感じること?

こうして一つずつ見ていくと、

漠然とした不安に、

少しずつ輪郭が生まれてきます。

そして、

「私は不安だ」

という状態から、

「私の中には、こういうことを怖がっている部分がある」

という見方へ変わっていきます。

この違いは、とても大きいと思います。

不安と自分が完全に一体化していると、

世界そのものが怖く見えます。

人生全部が危険に思えてくる。

でも、

「私は今、このことを怖がっているんだな」

と見ることができれば、

少しだけ距離が生まれます。

マジシャンは、天と地のあいだに立っている

マジシャンの姿には、もう一つ印象的な特徴があります。

片方の手は天を指し、

もう片方の手は地を指している。

私は今回、この姿を、

「少し高いところから、自分自身を見てみる」

という象徴として読みました。

不安の真ん中に座り込んだまま、

不安を考えるのではありません。

少し上から、

自分と、自分の不安を眺めてみる。

「私は今、何を怖がっているのだろう」

「本当は何を失いたくないのだろう」

「どうなったら安心できると思っているのだろう」

「この恐れの奥には、どんな願いがあるのだろう」

と見ていく。

すると、

不安そのものが、

自分を知る手がかりに変わることがあります。

不安の奥には、大切にしたいものがある

たとえば、

お金がなくなるのが怖い。

その奥には、

安心して暮らしたい

という願いがあるかもしれません。

人から嫌われるのが怖い。

その奥には、

誰かとつながっていたい

という願いがあるかもしれません。

仕事を失うのが怖い。

その奥には、

生活だけではなく、

「自分は役に立つ人間でありたい」

という思いが隠れていることもあります。

つまり、不安は、

ただ消すべき邪魔者とは限りません。

丁寧に見ていくと、

「あなたは、本当はこれを大切にしているんですよ」

と教えてくれることがあります。

ここに、マジシャンの「変容」という意味があるように思います。

マジシャンは、

目の前にある材料を使って、

新しいものを生み出す人です。

恐れを恐れのまま抱えるのではなく、

そこから意味を見つける。

気づきを取り出す。

そして、

これからどう生きるのかという力へ変えていく。

まるで錬金術師のように。

不安を「なくそう」としなくてもいい

不安になると、

私たちはすぐ、

「こんなことを考えてはいけない」

「もっと前向きにならなければ」

「気にしないようにしよう」

と思ってしまいます。

けれど、

追い払おうとした感情ほど、

かえって大きくなることがあります。

だから、

すぐに消そうとしなくてもいい。

まず、

そこにあることを認めてみる。

怖い。

寂しい。

心細い。

先が見えなくて不安だ。

そう感じている自分を、

少しだけそのまま見てみる。

そして、

「なぜ?」

と静かに問いかけていく。

答えがすぐ出なくても構いません。

感情というのは、

正論で追い払うものではなく、

きちんと感じてもらうことで、少しずつ姿を変えていくことがあります。

ただ、一人で見るのは難しいこともある

とはいえ、

自分の心を自分で見るというのは、

案外難しいものです。

私たちは、

自分のことだからこそ見えなくなります。

怖さの中へ入りすぎてしまったり、

反対に、

「こんなことを気にする自分はおかしい」

と否定してしまったりする。

そして考えれば考えるほど、

同じところをぐるぐる回ってしまうことがあります。

そんなとき、

私は占い師という存在が役に立てるのだと思っています。

未来を決めてもらうためではありません。

「あなたはこうなります」

と人生の答えを渡してもらうためでもありません。

自分一人では絡まってしまった思いを、

一緒にテーブルの上へ広げてみる。

「これは何でしょうね」

「この怖さの奥には、何があるのでしょう」

「もしかすると、本当に怖いのはこちらではありませんか」

と、カードを間に置きながら眺めていく。

占い師は、

答えを持っている人というより、

自分では見えなくなった心を、一緒に見る人

なのかもしれません。

マジシャンのテーブルに、

一つずつ材料を並べるように。

そして少し高いところから、

今の自分を眺めてみる。

それだけで、

「理由もなく苦しい」

と思っていたものに、

思いがけない名前がつくことがあります。

名前がつけば、

人は少しずつ、それと付き合えるようになります。

そして、

不安の向こう側にあった、

「本当は私は、こう生きたかったんだ」

という思いに出会うこともあります。

もし今、

「何がつらいのか、自分でもよく分からない」

「考えても考えても、同じところを回ってしまう」

と感じているなら、

一人で答えを出そうとしなくても大丈夫です。

自分の心の中にあるものを、

誰かと一緒にテーブルの上へ並べてみる。

私は、そのお手伝いをするために、

占いというものがあるのだと思っています。

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