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【天凪来羅】「この人はいつか変わる」と信じた日々のこと

こんにちは!

ほしよみ堂の

天凪来羅(あまなぎらいら)です!

 

 

今日のテーマは、
「変わるはず」という祈りに似た確信

 


誰かに対して「この人はきっと変わる」

と信じながら関係を続けた経験が、

あなたにもありますか?

 


少し距離を置けば、少し時間が経てば、

少し自分が寄り添えば

 

・・・そういう「少し」を積み重ねながら、

気づけば何年も経っていた、

という話を聞くことがあります。

 

いや、自分自身がそうだった、

という人もいるかもしれませんね。

 


これは単なる「恋は盲目」の話ではないの。

 

 

相手が「変わるはず」という感覚は、

希望であり、祈りであり、同時に

 

・・そうであってほしいという願いが

現実に見せるフィルターでもあります。



私たちはなぜ「変化」に賭けるのか



人間は変われる。それは本当のことだと思う。

だが、恋愛や人間関係でその言葉が出てくるとき、

少しだけ注意が必要よ!



「この人は変われる」という確信の多くは、

相手の可能性を信じているのではなく、

自分が見たい姿を見ているだけのことがあります。

 

 

変わってほしい姿を先に想像して、

それを「いつかの現実」として設定してしまう

・・そういう認知のあやが、

私たちの関係判断を狂わせてしまう。



その人の可能性を愛することと、

その人自身を愛することは、

似ているようで、まったく違うこと。

 


可能性を愛する分には、

現実の相手がどうあれ、傷つかない。

 

なぜなら「今の姿」はあくまで途中経過であって、

本当の姿ではないと思えるから。

 

それはある意味、

目の前の相手を見ていないということでもある。



相手が「変わらなかった」とき、傷つくのは誰か



期待が裏切られたとき、

私たちはしばしば相手を責めますよね。

 

「あれだけ待ったのに」「こんなに歩み寄ったのに」。

その怒りや悲しみは、もちろん本物。



だが少し立ち止まってみると、

そこにはもうひとつの問いが浮かぶ。

 

その関係を続けることを選んだのは、

誰だったのか。

 

変わらない相手を信じ続けながら、

それでも離れなかったのは

・・自分自身の判断ではなかったか?



これは自分を責めるための問いではありません。

 

ただ、「相手が変わらなかった」という事実と、

「自分が変化を前提に関係を築いた」という事実は、

別々に見つめる必要があると思っている。

 


「変わらない人」を責める前に



人が変わらないのは、意志が弱いからでも、

怠惰だからでもないかもしれない。

単純に・・変わる必要を感じていないからだ。



変化を望んでいたのは自分であって、

相手にとって現状は不満でも何でもなかった、

ということはよくある。

 

そのズレを「変わろうとしない」

と解釈するのは、自分の期待を相手への

義務に変換してしまう行為でもある。



誰かが変わるとしたら、

それはその人自身が変わった時に思うこと。

 


今のその人を、受け入れるか離れるか



「変わるはず」という物語をいったん手放したとき、

初めてリアルな選択が見えてくる。

 


今、目の前の「この人」を、

変わらないまま受け入れることができるか。

 

あるいは、このままでは一緒にいることが

難しいと判断して、離れるか。

 

どちらも逃げではなく、

どちらも誠実な答えだと思います。

 

「いつかの理想の姿」ではなく、

目の前の「今のこの人」と向き合うこと。

 

それが、二人の関係を本当に始める

出発点なのかもしれませんよ。

 

あなたなら、

どんなことを向き合いますか?

 

相手への期待がなくなったとき、残るのは何か。

それを確かめることが、怖くもあり

・・・でも、たぶん一番正直な問いだと思っている。

 

最後までブログ記事をお読みいただき

ありがとうございます。

天凪来羅

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